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三遊亭、林家、桂、『落語家の名字』あなたはいくつ知ってる!?

三遊亭、林家、桂、『落語家の名字』あなたはいくつ知ってる!?

投稿者:まんぼう

こんにちは!落語ライターのまんぼうです。

今回は落語家の「亭号」。つまり名字について少し書いてみたいと思います。

まず初めに、落語家(噺家)さんは大雑把に言って二つに分かれるのをご存知でしょうか?
つまりどんな名前でも東京の噺家さんは二つある流派のどちらかに所属するのです。

東京の噺家は大別して、三遊派と柳派に分かれます。明治の初めまでは、それぞれが専用の寄席を持って興業しており、交流はあまりありませんでした。

つまりAという寄席では三遊派の噺家ばかり。Bという寄席では柳派の噺家ばかりが出演していたのです。たまに大きな寄席で両派の噺家が一緒に出るというオールスターみたいなこともありましたが、それは大変特殊な事でした。

「三遊亭」

それでは、詳しく紹介して行きましょう。まずは三遊派からです。

三遊派は三遊亭橘家古今亭金原亭、などですね。

遊亭の開祖は初代三遊亭圓生です。この人や弟子から、からそれぞれが独立して亭号を作りました。
それぞれに止め名があり、これは亭号(名字)の中の最高位の名跡を指します。別名、宗家とも家元とも呼びます。

・三遊亭 圓生

・古今亭 志ん生

・金原亭 馬生

・橘家 圓蔵

などですが、橘家圓蔵は本当は圓生を継ぐ名前でしたので少し意味合いが違います。七代目と八代目の圓蔵は元々が桂派の噺家だったので圓生を継ぐことはありませんでした。
それと代々金原亭馬生も古今亭志ん生を継いでいます。

「柳家」

次に柳家です。柳派の祖は初代麗々亭柳橋です。今、柳橋という名は春風亭ですが本来は麗々亭が正いのです。六代目が勝手に変えてしまいました。

六代目柳橋は落語界に絶大な権力を誇り自分の事を「師匠」ではなく「先生」と呼ばせました。ですから落語界で「先生」というと彼の事を指します。

柳家柳亭春風亭立川などが所属します。それぞれの止め名( 最高位の名跡 )ですが

・柳家→小さん

・柳亭 同じ

・春風 柳枝

・立川 談志

となっています。上方では笑福亭林家に分かれます。昔は三友という亭号がありましたが消滅しています。亡くなった立川談志師が「落語立川流」を立ち上げて自分を家元と名乗ったのはこのような理由があるからです。

他にある有名な亭号(名字)に三笑亭林家があります。
三笑亭は三笑亭可楽が開祖で、この方は江戸の噺家の大元と言っても良い存在です。彼の弟子に初代三遊亭圓生がいました。

今は芸術協会に所属していますが柳派に数えられることが多いです。もちろん可楽が止め名 ( 最高位の名跡 ) です。

林家は、初代林屋正蔵が開祖です。初代正蔵も可楽の弟子ですね。もちろん正蔵が止め名 ( 最高位の名跡 ) です。若い頃タレントをしていてタレントのヒロミさんにイジメめられていた?(笑)こぶ平くんも今や家元なのです!

正蔵は代々が名人や芝居噺のオーソリティーばかりですので彼にも頑張って欲しいですね。
大阪の林家は江戸の林家の噺家が上方に移り名乗りました。

桂派ですが、桂文治が止め名です。その昔歌にも「かつらぶんじは噺家で」と歌われました。元は上方の名前でしたが、三代目や四代目の頃には江戸と上方両方で文治を名乗る噺家が現れました。八代目からは江戸の噺家が継いでいます。今は三遊派に所属することが多いですね。

ざっとですが、落語業界の「 系列 」について区分けしてみました。昔は噺もやる演目が別れており、落とし噺や笑いの多い滑稽噺は柳派人情噺や粋な噺は三遊派が演じることが基本でした。

今は柳家の噺家でも人情噺をやりますし、三遊亭の噺家でも滑稽噺を演じます。昔の寄席は十五日間興業だったので長い人情噺を十五に分けて連続で演じていたそうです。だから人情噺は長いものが多いという訳なのです。(落語豆知識)

さて、今回はここまで!

今回は落語の噺家の名前と系列についてでした。それではまた次回をお楽しみに~(^^)/

ライタープロフィール
ネットに咲いた落語バカ・まんぼう...落語鑑賞歴50年以上!の自他ともに認める落語通!
超玄人向け落語ブログ「はじめのブログ」
http://hajime-17.blog.jp
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投稿者:まんぼう(チームアミューズ ライター)

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